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ソフトウェアのオフショア開発

2006年11月01日作成 

株式会社インサイト・コンサルティング
ビジネスコンサルティング部長
森川 大作  氏

オフショアとは、国内という意味でのオンショアの対極にある語ですが、ソフトウェア開発では、アウトソース先として中国、インド、ベトナムなどの海外の企業に開発を委託することを指します。弊社では、最近注目されているベトナムを中心としたオフショア開発先のビジネスマッチング・コンサルティングを実施しています。そこで、今回はIT業界の中で注目されている「オフショア開発」について、日本と海外の両方の視点を交えてお話したいと思います。

オフショアが注目される理由

日本国内におけるソフトウェア開発の現場では、IT技術者を協力会社から2次請け、3次請けという構造で集め、プロジェクトチームを結成することが一般的です。ソフトウェアの開発費用は、工数の積み上げにより人月計算されるため、人月単価を如何に抑えるかが価格競争力につながります。そこで、各社は派遣人材の起用やオフショア開発を実施することにより、より低コストで開発できるようにしようとしています。最近では、顧客(ユーザー)のRFPにコンペ条件として海外リソースの活用を前提にすることさえ見受けられるようになり、大手のSIベンダーだけではなく、数十名規模のソフトウェア開発会社でも、オフショア開発を考えるようになってきました。特にユーザーが国際競争にさらされている自動車や家電業界の場合は、コスト削減要求が強く、オフショア開発が前提となっている場合が多いようです。

一方で、コスト削減だけを目的とした安易なオフショア開発の見切り発車は失敗を経験してきました。案件ベースの一時的なコスト削減を目的として、国内の協力会社に業務委託をする場合と同じ論理と見積基準で過大な期待をしてしまったのです。失敗事例の多くは、期待していた品質に達しないために何度もやり直しをした、仕様を理解してもらうためにコミュニケーションのために膨大な時間がかかった、途中で互いの考え方が食い違い結局は現地に何度も足を運び予算超過を招いた、など枚挙に暇がありません。また、日本ではオフショア開発を中国を中心として展開してきたものの、中国の反日感情などの政治的なリスクが顕在化し、インドやベトナムなどに一定割合を振り分けてリスクヘッジをする、いわゆるオフショア先のポートフォリオを組むという考えが広まりつつあります。

また、かつては十分なコストメリットがあった中国やインドのIT技術者単価も上昇傾向にあり、上級PMの年収ベースで比較すると、日本の60%程度までになっています。中国やインドの全業種平均年収が10-20万円程度であることを考えると、IT技術者はかなりの高給です。オフショア開発でコストメリットを出すためには、国内価格の50%程度に抑える必要があると一般には言われています。その程度に抑えたとしても、コミュニケーションや品質のオーバーヘッドがかかり、結果として80%までに収まれば大成功と言われています。そうなると、ちょっとした問題で赤字プロジェクトと背中合わせになってしまうことになります。従来のコストメリットが望めなくなった状況で、各社はもっと安価な超新興国に目を向けようとしています。この1,2年でベトナムの注目度が大幅にアップしたのはそのためです。SE単価は、国内価格の1/5、中国の2/3程度と言われています。
日本国内では、これまでの経験を踏まえて、今、オフショア開発に対する考え方が徐々に変化しつつあります。一時的なコスト削減要求の対策としてのオフショア開発ではなく、長期的なパートナーシップを構築しアウトソーシング事業を定常化させる、日本にない品質やテクノロジの先端性という頭脳を求めて、あるいは日本のIT技術者の不足問題に対する解決策として、オフショア開発を捉えようとしているのです。

勉強熱心なIT技術者たち

中国の大学の悩みは、深夜まで図書館の電気が消えず学生が勉強しすぎて体調不良になってしまうことだそうです。そういう学生がIT業界に入り、日本の市場に向けてトレーニングを積んできます。日本語検定1級(2000語の漢字と1万語の語彙を習得、社会生活上必要な日本語能力を備える)を1-2年で取ってしまうのだそうです。実際、国内の中国人SEの方と何度か仕事を共にしたことがありますが、その理解力と意志の強さと日本語の能力の高さに脱帽です。数年もすれば、日本独特の文化も含めたビジネスカスタムをマスターするとか。たとえば、日本語一つをとっても、「いいえ」と言う前には「はい」と言ってから「ですが」と切り返す、「それではまた」と言われたら「いつですか」ではなく「それでは失礼します」と言うなどです。インドは「研修世界一」を豪語しています。新人研修だけで約1年、日本市場向けのコースでは、毎日5時間を日本語の授業、残る4時間をIT技術研修にあてるそうです。新人研修の後もTSCの例では、社員が年間平均して15日も研修に掛ける計算になるそうです。教育は国として最優先事項と認識されています。小手先のテクニックではなく問題解決思考の基礎能力を重視し、思考プロセスを徹底的に教育します。プログラミング研修ではプログラムとは何かというところから始め、ソフトウェア品質と開発プロセスの考え方を徹底的に叩き込むのです。

中国とインドの現状

中国とインドのIT関連輸出の構成には大きな構造的違いがあります。インドのIT関連輸出(総額約2兆円)の9割は欧米向けであり、日本向けは3%に過ぎません。フォーチューン500社のうちインドに業務委託をしているのは過半数に上ります。最近、欧米企業は、単なるソフトウェア開発のアウトソーシングだけではなく、インドの高い英語力と数学力を見込み、コールセンターや企業のノンコア業務をアウトソーシングするBPO(Business Process Outsourcing)を実現させていますし、さらにはコストのかかるR&D(研究開発)部門をインドに移設するKPO(Knowledge Process Outsourcing)に力を入れています。インドにはCMMI(カーネギー・メロン大学ソフトウェア工学研究所が規定する組織成熟度モデル統合)の最高水準であるレベル5の認可を持つ企業が数多くあり、インフォシスはそれを取得した世界初の企業です。プロジェクトの90%以上が納期とコストを遵守し、利益率は30%を超えています。ちなみに日本のSI企業の利益率が良くて5%ですから、これは驚異的な数字です。インドのIT企業は主要5社が4割のシェアを占める寡占状態となっており、欧米からの大規模案件が流入しているという現状です。ICT市場の年成長率が25%と言われていますから(日本は年率4%)、増大する人材母集団を考えても、その勢いはすさまじいものと言えるでしょう。政府はインドにおける将来的なIT技術者不足を懸念し、インド情報技術大学(IIIT)を2011年までに20校新設する考えです。各大学の学生は2000人規模で、これにより230万人の技術者を養成します。IT技術者を全国規模で育成することが狙いのようです。人材の多様化に応じて、デザイン、生産技術、経営学、観光などの講座も設けると言いますから、もはやアウトソーシングの領域を超える勢いです。

一方、中国のIT関連輸出の6割は日本向けです。また、中国のSIベンダーの95%は中小であるという点も、インドの構成と大きく異なる点です。日本との距離や文化的な背景もあり、日本との親和性が高いと言われ、各社は日本の仕様の曖昧さに対応すべく、きめ細かな設計と対応をアピールしているようです。中国も急激な経済成長の波に乗り、拡大を続けていますが、優秀な技術者のヘッドハンティングやジョブホッピング的な人材の流動傾向は、安定したアウトソースを望む日本企業の悩みとなっています。

いま注目度の高いベトナム

ドイモイ政策以来、アジア通貨危機を乗り越えて、ここ数年再びベトナムに熱いまなざしが向けられています。ベトナム経済発展に加えて、人々が親日的で治安も良く器用で文化的にも日本人と相性が良いなどの背景も手伝って、製造メーカーの工場をはじめとして各社こぞってベトナム進出を始めています。まだまだ中国やインドに比較して、日本のIT企業におけるベトナムのオフショア比率は高くありませんが、日本の企業が次なるオフショア先を求めて、連日のようにさまざまな企業からベトナム企業に視察に来るようです。またベトナム企業との合弁も進められており、BIJASGATE (www.vijasgate.jp/)などはその典型な動きと言えるでしょう。

ベトナム最大のIT企業であるFPT (www.fpt-soft.com)は、日本法人を2005年11月に設立しました。ベトナム企業初の対日投資です。売上のうち5割を三洋電機、日本IBM、日立製作所などが占めています。FPTは日本市場に重点を置いており、ハノイにあるFPT Software本社のオフィスには、「オフショア開発の目的地」と日本語で書かれています。ベトナムでは唯一CMMレベル5を取得し、2006年にはCMMIレベル5の認証取得を予定しています。売上は2005年度ベースで5.1億ドル、従業員数は現在1,300名、2008年までには5,000名規模を目指すそうです。現在、日本企業とOSDC(オフショア開発センター)を設立し、約100名以上が独立業務(日本企業に特化した専属チームとして社内セキュリティも独立)を行っています。日本企業からは常時数名がベトナムに駐在し、人事管理面のみFPTが請け、採用人事からPM、技術継承に至るまで業務管理面はすべて日本企業が実施します。社内には日本語検定1級取得者が40名以上在籍し、JQA(Japanese Quality Assurance)セクションを設けて、日本語の質を担保しています。

ベトナムのIT企業はFPTによる寡占状態は否めませんが、それでも百名規模のソフトウェア開発会社がかなりあります。VINASA(ベトナムソフトウェア協会)は、ベトナム国内のIT企業約90社が会員となっており、FPT Corp.会長であるTruong Gia Bihn氏が会長を務める企業団体です。最近では組み込み系ソフトウェアの開発に重点を置こうとしており、既に日本のメーカーとのビジネスマッチングが始まっているようです。この分野は、製造業の工場進出に伴うソフト開発という形で実現し始めていますが、日本向けの実績があるのは数社であり、今後の展開が望まれるところです。ハノイはホーチミンに比べて日本市場に目を向けていますが、日本に拠点を持っているのは現時点でFPTとNSC(www.newcenturysoft.com)のみです。したがって、多くのベトナムIT企業はベンチマークとしてインドよりも先ずは中国を意識しています。最近では日本企業の方からの契約上の要請で品質管理やセキュリティの向上が意識されるようになり、各社が完備を始めています。また、日本の情報処理技術者試験の相互認証制度がVITECにより進められており、有資格者も徐々に増えつつあります。日本のAOTS研修制度を活用し、優秀な技術者を日本に定期的に送り出している企業もあります。
多くの企業が日本企業から超短期オフショア案件をパイロットで実施し、その延長線上から脱することができずに悩んでいるのも事実です。そのためパッケージソフトの開発・販売や組み込み系ソフトの開発を切望しており、長期的に安定した日本企業とのビジネスパートナーシップを望んでいます。一方で、日本企業は、ベトナム企業各社の技術レベルや日本語レベルを見極めるために、テストコードを数社に依頼して、ソースコードと日本語コメントレベルを検証するなどの手段を取っています。

オフショア開発モデル

一口にオフショア開発と言っても、海外の企業が目指すオフショア開発モデルは、大きく分けると次の図のように分類できます。
#1:日本企業からの個別の案件としてソフトウェア開発を受注し現地でオフサイト開発(多くの場合短期案件で製造とテストの工程切り出し。一時的なコスト削減目的が多い)
#2:日本企業からの個別の案件としてソフトウェア開発を受注しIT人材をその企業に派遣しオンサイト開発(プロジェクトベースで実施し、各社OJTとして取り組む。AOTSに人材を送り込みその後特定企業に常駐するケースも多い)
#3:日本の特定の提携企業に特化した人材を確保し定常的に人材派遣する(人材派遣型のオフショア開発であり、やがてはその人材がコアとなり#4を実現することを狙う)
#4:日本の特定の提携企業に特化した専属チームによる現地オフサイト開発(定常的な案件で一括したアウトソーシング。OSDCなどの取り組みは典型例)

どのモデルを取りうるかを考慮する上でポイントとなるのはブリッジSEの立て方です。論理的に言えば、開発をオフサイトにするかオンサイトにするか、ブリッジSEは日本人か外国人か、その人は日本企業籍か外国企業籍かなどの組み合わせで、たくさんのバリエーションが考えられますが、成功しているモデルの大半は、日本企業側から技術と言語と管理の3拍子揃ったスキルを持つ日本人がブリッジSEとして現地を行き来するというパターンのようです。ただし、3拍子揃うことは実際には難しく、多くの場合、言語が優先され次いで技術スキルと管理スキルの順に考えられてしまうため、通訳的なイメージでスタートして失敗するケースが後を立ちません。本当に必要なスキルは、管理能力とクロスカルチャを理解しリードすることのできる人材であり、やはりPMに求められるコンピテンシーが必要と言うことです(PMのコンピテンシーについては、たとえば米国PMIが発行しているPMCDFなどを参照)。

最近では、海外企業各社が日本向けにビジネスを長期的展望に沿って拡大して行きたいと考えている反面、一方で日本企業との開発プロジェクトの難しさを過去の経験から痛感しており、品質に対する高い要求や仕様の不確定さなどへの対処などに意識的に取り組み、むしろ日本企業の方よりも慎重な姿勢をとる傾向が見られています。CMMIなど開発プロセスなどはむしろ日本よりも高度化しており、日本企業側の方がオフショア開発にあたって学ぶべき点がたくさんあると言えます。

日本国内ではIT人材の不足とスキルレベルに関する懸念が顕在化しています。今後ますますフラット化していく世界経済と労働市場の中で、真に市場価値のある人材育成やクロスカルチャビジネスの実現が一層求められていくことでしょう。オープンネス、フェアネス、そしてリスペクトという倫理観が一層問われていくことでしょう。その意味で、オフショア開発などの経験は、企業としてまた個人として成長する上で絶好の機会となるでしょう。そう願っています。

■ベトナムIT企業視察ツアーを企画いたします:
弊社では、ベトナムにおけるオフショア開発をお考えの日本企業の方々のために、現地パートナーと協力して、企業視察を実施しています。スクリーニングを目的としたオープンツアーとは異なり、オフショア開発要件に基づいた企業スクリーニングを予め実施した上で、ターゲットを定めた企業視察を企画することが可能です。たとえば、渡航前のお打ち合わせによりターゲット企業を数社定めてご予算に応じた数日間のツアーを計画し、その中にVINASA、VITEC、JICA、JETRO、タンロン工業団地、ITパーク、日本語学校、政府官庁などの訪問を含めることができます。お問い合わせは以下のとおりです。

〒141-0022 品川区東五反田1-8-12
TEL 03-5421-7285 / FAX 03-5421-7286
株式会社インサイト・コンサルティング ビジネスコンサルティング部
info@insightcnslt.com

■研究会のご案内:
弊社では、下記2つの研究活動を行っています。ご関心をお持ちの方は是非お問い合わせください。

グローバルアライアンス研究会:
情報システム学会においてグローバルアライアンス研究会に参画し、中国、インド、ベトナムだけではなく、ロシア、韓国、南アフリカ、タイ、その他ASEAN諸国における海外技術者の効果的なハンドリングやアライアンスプラニングについて現地情報を交えた研究活動を実施しています。

クロスカルチャ・リーダーシップ・スタディ:
CBA(コミュニケーション・ビジネスアベニュー)社と共催でクロスカルチャ・リーダーシップ(CCL)の研究活動を行っています。http://ccls.jp をご覧ください。



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