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情報システム市場の潮流を読む ~考えるリーダーになるススメ

2008年04月01日作成 

株式会社インサイト・コンサルティング
ビジネスコンサルティング部長
森川 大作  氏

情報システム開発現場に有能なリーダーの必要が叫ばれ始めて久しく時が流れたように思います。2000年問題を機に各社が一斉にレガシーの基幹システムの入れ替えを始めましたが、ちょうどその頃から盛んに、システム入れ替え案件ではなく、業務の要件を捉えてSEも提案力を身に付けなければならないとか、論理思考力を磨かなければならないとか、戦略的思考が必要だなどと言われるようになり、我々のコンサルティング現場でも人材育成のテーマとしてそのような内容に取り組むことが多くなりました。そんなことを言っている間に、今度は2007年問題がいよいよ顕在化し、国内のIT技術者の不足が深刻化しています。そこで、今回は情報システム市場の潮流を読み解きながら、これからの情報サービス産業に必要なリーダー視点を考察したいと思います。

現場リーダーに求められるもの

現場リーダーの本質的な機能は、経営視点と現場視点の扇の要(かなめ)であると言うことです。経営視点から語られる方向性、戦略、戦術、指示を、現場に理解できるようにメンバーの視点と用語で作業レベルに落として伝達すること。またその逆に、現場の状況を察知し、メンバーの視点のみではなく、それを経営視点に置き換えてエスカレーションすることです。このバイパス機能は、組織、個、競合が多様化する事業環境に引っ張られるようにして大きく揺さぶられる力に影響を受けます。組織再編が進んで異なる背景の組織が融合し、働く個の多様性が広がり、事業の越境戦によって新たな産業分野の競合が生じ、そのために情報サービス産業では一社では完結することがますます困難になる、そして今日の協業相手は明日の競合相手という時代です。組織力が一層大切な時代になってきました。どんなに有能な経営者がいても、どんなに優秀なメンバーがいても、要役の現場リーダーが正しく機能しなければ、チームとしての組織力は発揮することはできません。要によって容易にぶれてしまうあるいは壊れてしまうからです。まずは現場のリーダーが自分に求められていることをしっかりと認識しなければなりません。

この要としてのバイパス機能を果たすには、単なる情報の中継ではなく、正しく受信し、共有し、発信してゆくことが必要であり、そのために<考えるリーダー>になる必要があります。考えるとは、3つの水準があります。1つ目は「分別」つまり何が善くて何が悪いのかを正しく判断し正しいことを貫くこと。2つ目は「識別」つまり似て非なるものをどのように同じで違うのかの差異を認識すること。3つ目は「洞察」つまりその先には何があり、どうしてそうなっているのか根源に立ち戻ってなぜを考えることです。分別から識別へ、識別から洞察へと至り、本当の意味で考えることによって、環境適合と問題解決のできるリーダーになることでできます。では早速<考えるリーダー>のための分別、識別、そして洞察を働かせながら、6つの潮流分析軸から考えましょう。

その1-業界動向

2007年度の国内IT市場の現時点(2007年10月)見通しは約12兆円で2%の成長、情報サービス市場は約5兆円で、今後3年間は3.5%成長が見込まれています。IT産業の収益は、ハードからソフトへ、ソフトからサービスへと変貌していることは、IBMの動きやSI各社のサービス展開の動きを見ているとよく分かります。この場合サービスとは、設計、コンサルティング、ノウハウのことです。価値はどんどんこういうものに移行しています。

市場成長を他国と比較してみると、最近のサブプライムローン問題による世界経済の見通しが不透明になってきているという点はあるにしても、ざっくり言って、新興国のGDPは約5%という高い伸びを示している中で、米国も3~4%の成長を維持しています。一方で日本は2%。これをGDP比較ではなくIT投資と相対比較をすると、米国が4~5%であるのに対し、日本は2%。対GDP比で、日本はIT投資比率が低い。さらに、利益率も約3%と低い。ちなみにインドのIT企業の利益率は25%を超えている。上流へ上流へとサービス軸を移しているからです。

これらの分析から、IT業界がソフトからサービスへと移行しつつあるものの、その部分でまだまだ価値を生み出しきれていないということが分かります。現に、IT活用によって企業の生産性が向上したと答えた企業は米国が75%に対して日本は50%。企業の生産性、特にサービス産業のITによる生産性向上の余地は十分に残されており、日本企業の課題になっているということが分かります。

国内SI各社のトピックス例としては、NTTデータが売上1兆円を目標に掲げ、発注者ビュー要求工学を開発しているものの公共事業を中心とした一人勝ち体制は変わっておらず、IT業界全体に対するノウハウ共有・発展までにはなかなか至らないこと、NRIが金融向けサービス事業を拡充し、オフショアを含めたアウトソーシングを強化していること、TISは金融系再編がほぼ落ち着きカード業界は今後生き残りをかけた決勝トーナメントとなるにつれJCBプロジェクトの成否にかかっていること、CTCはCRCとの組織再編のシナジーを発揮しきれるかどうか、NSSOLは親会社である新日鉄向けの内販比率は下がり金融系のシステム構築で業績を大きく伸ばしている、などです。メーカーの戦略を見ると、富士通がグローバル化戦略を徹底しており、TRIOLEのグローバル展開など注目。IBMは米国直轄型でリソースを統合一体化しており、日本のイニシアティブは若干低下気味。富士通とIBM両雄を中心としたメーカー競争になっています。そんな中で、富士通、NEC、日立で35PFlopsのスパコン構想が2012年を目標に進められており、国内メーカは技術立国としての回復を目指している様子です。これらの国内事情を見ると、国産IT業界における人材獲得と維持が大きな課題になっていると理解できます。優秀な人材はどんどん海外に流出しており、また、他産業やGoogleなどに最優秀理系人材が流れてしまう傾向が顕著になっています。日本におけるIT産業のそのものの魅力を取り戻して行くことは大きな課題です。

アウトソーシングの動きは引き続き海外に向かってはいるものの、潮流としては国内回帰と中国一極集中になる傾向が見え始めています。すでにオフショア進出を遂げた企業とまだの企業との間で、その課題に大きな開きが出ています。既出の企業にとって目下の課題は、業者選定・人材調達・コスト削減から、開発プロセスの標準化による品質向上へと課題がシフトしており、OSD(Offshore Development Center)を設置し内部プロセス化しようとしています。米国ではJPモルガンの例のようにインソースの動きが強くなっている部分があります。日本では内部統制との兼ね合いで、外部の第三者が作成した監査報告書を提出して対応しても、実際には事例が少なく現時点では高額になるケースも多いようです。(CSK、TIS、富士通、NEC、NRI等。米国ではSAS70、日本では監査基準委員会報告書第18号。)

アウトソーシングのもう一つの視点は、SaaS(Software as a Service)のような従量制サービスの浸透です。ITは所有するものから利用するものへというコンセプトがシフトしつつあります。SaaSのメリットは、IT投資のROI(費用対効果)が比較的明確であり、初期投資が少なくて済むということです。たとえば、従来型の導入だとシステム導入までに1年はざらですが、SaaSでは1ヶ月で済み、その成功確率も従来型のシステム開発が50%と言われているのに対し、SaaSの場合は90%以上です。したがってリスクが少なく、損益分岐点も従来型では2~3年かかっていたようなシステムが1/10程度に短縮されるというメリットがあります(salesforce.comの事例 於IT Japan2007)。IT投資のROIが一層明確に求められるようになってきたため、SaaS型のシステムも増えてきました。

その2-顧客動向

国内製造業の製品出荷額の比較では、機械が横ばい、電機が低迷し、自動車がそれを追い抜きました。依然として輸出依存度は高くなる傾向は変わらないものの、海外市場向けを中心に活況が続いています。通信分野でも携帯三社の戦略が今後問われていくことになります。実際に業種別で見ると、2007年は通信、鉄鋼、機械が前年対比で10ポイント以上のIT投資増額が見込まれており、今後自動車とITや電機とITの関係が注目に値します。業種を問わず業界再編時代に突入しており、日本ではスピードは緩慢でも、求められるビジネスの変革スピードに合わせてM&Aは増加していくと思われます。組織再編で必ず問題になるのが、人材とシステムの統合です。せっかく変革スピードを求めて再編しても、システム統合が追いつかなかったのはこれまでの金融業界を見れば一目瞭然です。引き続き、組織再編に伴うシステム統合のスピードアップが課題となっていくことでしょう。そのためにEA(Enterprise Architecture)の策定やSOAの導入に引き続き注目が集まると思われます。同時に人材のスキル移転やポートフォリオも重要視されていくと思われます。

その3-海外動向

海外の主要ベンダーに目を向けてみると、IBMは首位をHPに明け渡しました(2006年)が、コンサル部門やソフトウェア事業に勢いがあります。人材面ではインドなどの新興国でリーダー育成を行っています。一方ではHPは、首位を奪いましたが、R&D分野にはIBMほど力を入れておらず、今後の成長戦略をどう描くかに注目できます。新興国のICT企業は急成長を持続しています。インドでは、BPO(Business Process Outsourcing)、BTO(Business Transformation Outsourcing)、KPO(Knowledge Process Outsourcing)などアウトソーシングサービスを上流移行しており、R&D分野の中心地となりつつあります。ベトナムは日本人との人的親和性があり、引き続きオフショア先のポートフォリオの代表格ですが、最近急成長の隣国インドの二次請け先となったり、IT製造業の分野では、台湾企業が相次いでベトナム北部を中心に投資に動いており、今後、台湾を媒介にした中越関係に注目したいと思います。この動きも中国一辺倒の生産に限界を感じてのリスク分散から来ています。

中国に関しては、日本からのオフショアが急成長し、同時に人件費も高騰するに伴い人手不足が顕在化しています。欧米から見た場合、対インドで人口動向や英語力が課題視されてきましたが、日本にとってはコストが最大の課題でしょう。上海では過去5年で5割以上増加しており、各都市で最低賃金の上昇が報じられています。国家統計局の2006年平均では、前年比14.4%増です。急加速するコストに対して、NTTデータや富士通などは、沿岸部から重慶などの内陸部に開発拠点をシフトし、米企業では四川省成都などへのシフトも見られます。人件費が沿岸部に比べてまだ半分と言われており、中国各地もIT人材教育とソフト産業の強化に力を入れているが、コスト競争だけのオフショア開発は限界が見えています。また、情報漏えいリスクも顕在化しており、セキュリティの観点からもOSD設置の動きが見られます。

とは言え、日本の国内IT人材は不足傾向が続く。2000年には英国も、日本も、インドもIT人材の数はほぼ同数だったにもかかわらず、現在では、中国(90万)とインド(130万)合わせると日本(60万)の4倍近くになります。米国が160万であることを考えると、今後日本におけるIT人材獲得がなお一層大きな課題となると同時に、開発生産性の向上や品質の維持が課題となってくることが分かります。

その4-技術動向

2つの事例に絞って考えます。一つはOSS(Open Source Software)の分野。IPA(情報処理推進機構)は産官学が協力しOSSの活用と普及を図ることを目的として、2006年1月にOSSセンターを設立しました。性能測定の基準を定めて評価を行ったりOSS開発プロジェクトの支援を行うことや、情報集約と発信を行うためOSS iPediaを構築して、用語集や事例などのデータベース化を行っています。OSS開発者に関する調査(日本OSS推進フォーラム)では、世界の共通点として、開発プロジェクトに参画する開発者は、ソフトウェア開発に携わる企業の開発者が過半数を占める(対学生)こと、OSS開発者のプロジェクト参加のモチベーションは自己のスキル向上であり、OSS開発プロジェクトはソフトウェア開発者のスキルアップの場として認識されていることの2点です。日本の特異性としては、業務としての参画率が世界平均の1/2程度、OSS開発に収入を得る開発者(ペイド開発者)の比率は、世界平均の1/4程度です。Linux、FreeBSD、Apache、OpenOffice、Mozillaなどのメジャーなプロジェクトを見ても日本人の参画比率は極めて低いのが現状です。(米国とヨーロッパが世界の40%程度を分担し、US に次ぐ開発者輩出国は英独仏の3 国であり、それぞれ数%から10%程度という構図が推定される。また、日本の約2%という比率は、世界の9-13位程度と推定される)。OSSの開発プロジェクトの機会が少ないことも要因として挙げられますが、その更に背後になる要因は、技術力よりもむしろ国際力、つまり英語力と論理的発言力が考えられます。参画者の量的確保を欧米並みにすることよりも、質的向上路線を取るべきではないかと考えられています。OSSは今後業界にイノベーションをもたらす一つの要因です。ソフトからサービスに収益の軸足が移りつつあることを考えると、OSSの普及と活用が鍵を握るかもしれません。事実、Google躍進の背後には積極的なOSS活用の戦略があります。

もう一つの分野はセキュリティです。日本におけるWAS(Web Based Security)は脅威にさらされていると言われており、金融系を中心にセキュリティ強化が急速に図られています。OWASP(Open Web Application Security Project)は安全な Web アプリケーション構築の手引きを公開しています(日本語訳あり)。TCG(Trusted Computing Group)はセキュリティチップ搭載のサーバー仕様を公開しています。ソフトの分野からもハードの分野からもセキュリティに関する標準化が進んでいます。セキュリティ分野の課題の一つは、組み込み系です。本来組み込み系は日本が得意とするところですが、脆弱性が指摘されておりパッチは後手に回っているのが実状です。携帯、部品、ファームウェアについては構築とテストに比重をかけ、セキュリティに関して日本のエンジニアは概して無関心です。

2つの技術について取り上げてきましたが、技術と品質に対する傾向が実態の空洞化を招くことが懸念されています。SI大手各社のエンジニアもパートナー管理に追われて、技術の実態が分散化し、蓄積されないことが個人としてあるいは組織として大きな課題となっています。特定の要素技術を身に付けてもすぐに陳腐化してしまうから何もしない、技術習得の動機付けが得られない、などの声を個々のエンジニアから聞くことがよくあります。技術習得のプロセスから「学ぶことについて学ぶべき」とワインバーグは述べています(スーパーエンジニアの道)。組織として個人として技術習得と活用に対する正しい認識が課題です。

その5-関係政策動向

内部統制は2008年4月からの適用に向け本格化の機運です。フレームワークとしてはCOBIT for SOXの動向や金融庁のガイドラインに注目することができます。経産省が金融庁の「実施基準」を受け、IT全般統制中心に理論・実践ガイドラインを整備しましたが、ユーザーや監査法人は概ね、具体例がなく、どのようにすべきかが不明確との反応を示しているようです。情報サービス産業にとってJ-SOXは市場機会です。実作業の多くはリスクの洗い出しやドキュメント作業ですから、顧客の業務現場を可視化したり、論理的に整理して体系化するスキルは益々求められるようになるでしょう。

スキル標準化も進められています。ITスキル標準のITSS、情シス部門標準のUISS、組み込み系人材標準のETSS、学習知識体系のISBOK、情報処理試験相互認証制度のアジアにおける進展などを見ていると、スキルを標準化することの意味とは何かを考えさせられます。業界の商習慣とも言うべき人工計算。ナレッジワーカーが労働集約型産業と同じ基準で図られるということに違和感がやっと出てきたということでしょうか。知識集約型産業にふさわしい評価基準や人材像の定義、スキルマッチングや見積基準、これらは生産性向上に結びつくように活用しなければなりません。標準のための標準にならないように。

その6-人材育成動向

PM(プロジェクトマネジメント)が一時ブームでしたが、案件審議を徹底するなど各社の取り組みにより不採算プロジェクトは減少しています。システム開発という非常に目に見えにくい曖昧なものに対してエンジニアリング世界のPMをよく適用してきたと思います。最近では、自動車業界もハードからソフトの分野にシフトし、IT業界と同様に目に見えにくい曖昧なものに対するPMの必要が高まり、IT業界から学ぶという傾向も見られます。同時にトヨタのTPSを異業種に広げ生産性を向上させるという取り組みがIT業界にも見られるようになってきました。PMBOKだけではなく、むしろ国産のP2Mの普及が促進され2008年3月には国際シンポジウムが開催されます。

IT人材の課題としては絶対量の不足に加えて、若手人材のリテンションやモチベーションのマネジメント、およびパーソナルブランディングが主要な課題となっています。ベテラン人材については、レガシーの継承とメインフレーマーの高い技術力をリバースエンジニアリングやセキュリティ分野で活かすという試みです。

これまでは、業務遂行と人材育成は二律背反的あるいは両輪とは言え業務優先、OJTの名のもとに何もしないなどと言われてきましたが、東大の中原研究室を中心にWPL(Work Place Learning)という概念が始まりつつあります。現場の学びを中心にした学習形態です。今後益々、現場リーダーの質が、業務遂行を通して人材を育成する力によって図られる時代になると思います。

リーダーシップ論の変遷を1900年初頭から辿っていくと、現在はChange Leadershipに主眼が置かれている時代です。目に見える既存の知っていることや経験してきたことに関してリードするのではなく、目に見えない新規の誰も知らないしやったこともないことをリードしなくてはならないからです。市場もそれを求めています。2005年には情報投資の約8割が既存システムのお守り(固定支出)で、わずか2割が戦略投資(業務効率改善含む)に過ぎませんでした。ところが、2007年時点で戦略投資の比率が4割に増えてきました。顧客にとっても見えない曖昧なものをシステム化しなければならないという課題があるわけです。現場で一人ひとりが、自分自身の頭で考え、実行することを意識する内部成長性が企業の力です。本当の意味で<考えるリーダー>になってください。



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