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エキスペリエンツ7 団塊の7人

2006年03月01日作成 

評者:Katsuyoshi.N

本書は、団塊の世代に対する応援歌であり、日本の超近未来小説である。物語は、病気の夫を看病しながら老舗のそば屋の女将を務める木戸ここ路が、定年を目前に控えた銀行員、坂本龍生を訪ねるところから始まる。2人は1949年生まれ。高校の同級生であり、2007年から順次60歳の定年を迎える団塊の世代に属する。

団塊の世代って?

今や人口に膾炙した「団塊の世代」という言葉は、本書の著者堺屋太一氏の造語であり、今からちょうど30年前に書かれた小説のタイトルでもある。堺屋氏は大阪万博や沖縄海洋博を手がけた元通産省(現在の経済産業省)のエリート官僚。団塊とは、鉱業用語で堆積岩中に周囲と成分の異なる物質が塊っていることを指すが、数が多くて密度が高いだけではなく、他とは異なる特性を備えているという。氏は小説の中で、良きにつけ悪しきにつけこうした団塊の世代が日本の構造に影響を与えていくことを2000年にかけての4つのエピソードで予測した。予測小説の先駆けである。

突然の訪問

さて、ここ路の坂本への依頼は、・・・「バブル景気真最中に地元銀行の勧めで店と自宅の敷地にビルを建てた。しかし、バブルは崩壊し、家賃は下がりテナントは抜け、借入の返済も次第に厳しくなり、ついに銀行から債権を回収業者に売却するという通知を受けることになってしまった。そば屋のある商店街“梅之園ハッピー通り”には同じような境遇の店が他にもある。事態を打開するためには商店街全体の活性化、再生が必要。そのために銀行員坂本の知恵とノウハウが必要。なんとか手助けして欲しい」というものである。

夢の縁で繋がるエキスペリエンツ達

坂本は悩む。銀行員としての経験と理性は「これは難しい・・・いや駄目だ」と呟く。しかし、56歳を迎える金融エキスペリエンツ(専門家)としての誇りは反対のことを叫ぶ。「難しいからこそ何とかしろ。この街を繁華にしてここ路を援けてやれ。一生に一度そんな夢を持ったらどうだ」と。坂本は銀行の早期退職勧告の受け入れを決断する一方、銀行時代の人脈を頼って共に商店街の再生のために闘うそれぞれの分野のエキスペリエンツ集めに奔走する。坂本の呼びかけに応じ集まってきたのは、商社、広告代理店、大手建設会社等々出身の団塊の世代を代表する歴戦のつわもの達7人。世界の映画界に大きな影響を与えた黒澤明監督の「7人の侍」と同じプロットである。

現役時代に大きな仕事を手掛けた男達がなぜ坂本に共感し、金銭的なものを度外視して商店街再生プロジェクトにのめりこんで行くのか。メンバーの一人大手広告代理店出身の清川と坂本の会話が示す。「なるほど、(我々は)夢の縁でつながった者達というわけですか」「太古の昔は血縁社会、中世は地縁社会、そして近代は職業職場の縁で繋がる職縁社会でした。これからの知価時代は夢の縁で繋がる夢縁社会ですよ」
銀行合併、内部抗争、外資系ファンドの暗躍、地域開発と歴史的文化財保護、地元商店と全国展開するチェーン店、高齢化の進行と後継者難。現代の世相と対立軸を巧みに散りばめながら物語は進む。エキスペリエンツの知恵が結集され、クライマックスを迎える。

団塊の世代への期待

世の中では少子・高齢化を憂い、団塊の世代が定年を迎えると社会の活力が一層減退し、現役世代の負担が増加することを危惧する論調が多い。あるいは、団塊の世代を新たな需要を生み出す消費者としてのみ捉える一面的な見方も多い。しかし、団塊の世代は、戦後日本の社会・経済を一丸となって牽引し、石油危機やバブルの負の遺産を並々ならぬ努力によって克服し、その過程で多くの経験を積み、知恵とノウハウを培ってきた。

著者はあとがきで言う。「団塊の世代は、これまでもそうであったように、これからも数々の流行と需要を生み出し、新しい概念と社会構造を創造するだろう。それを妨げることなく発展させれば、日本には世界に先駆ける好老文化ができ上がるに違いない」評者も著者の問題意識に大いに共鳴する。今後、活力ある日本型高齢化社会を造り出せるかどうかは、団塊の世代の意欲と情熱に負うところ大である。いや、団塊は解き放たれ、個性を前面に打ち出すステージが来たのだ。自らの信ずるところに従って存分に輝け!冒頭、「本書は団塊の世代への応援歌である」とした所以である。



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