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文章のみがき方

2008年04月01日作成 

辰濃 和男(岩波新書)

著者は朝日新聞の論説委員を務め、大学入試でおなじみのコラム「天声人語」を担当していたプロのジャーナリストである。当然、言葉や文章に対する思い入れは強い。すでに著者は、「文章の書き方」というロングセラーを世に送りだしており、本書はその姉妹編にあたる。今回は、著者が「さまざまな方々の「文章論」や「作品」を読み、そこから学んだもの」が体系的にまとめられている。取り上げられる「文章家」は、よしもとばなな、谷崎潤一郎、芥川龍之介、藤沢周平、宮部みゆき、村上春樹、浅田次郎…と幅広い。

本書は、「いい文章を書くことを志す人のための本である。いい文章の条件には、平明、正確、具体性、独自性、抑制、品格など大切な要素がたくさんあるが、いちばんの条件は、これをこそ書きたい、これをこそ伝えたいという書き手の心の、静かな炎のようなものである」と著者はまえがきでいう。

今、この書評を読んでいる人たちは、どのような機会に文章を書くのだろうか。クライアントとのやりとりや会議の議事録などのビジネス文書、親しい友達へのメール。ブログを定期的に書いている人もいるだろう。文章の目的はそれぞれ違う。いい文章を書きたいと明確に意識している人はほとんどいないかもしれない。

ただ、考えてみれば人間のコミュニケーションの方法は、基本的に話すか書くかしかない。

面と向かって話す場合には、身振りや手振りによって言葉を補うことができる。声の抑揚によって微妙な感情をより正確に表現することができる。相手の反応を見て、言い方を替えたり、言い直したりすることもできる。いわば臨機応変が可能である。

これに対し、文章に言い直しはない。不正確な文章は、不正確なまま伝わり、当初の目的を達することはできない。目的が達せられる文章を書くことは、万人にとって大事なことだ。

本書の冒頭では、基本的なことがいくつかしめされる。毎日書く、書き抜く、繰り返し読む、現場感覚をきたえる。…ピアノの練習の基本と言い換えても通用する。体に覚えこませるものなのだろう。そして、「さあ、書こう」と題した、第2章では、辞書を手元に置く、書きたいことを書く、借りものでない言葉で書く、わかりやすく書く、正確に書く、ゆとりをもつ、抑える、などの心得が実際の作家や批評家などの文章の実例を持って分かりやすく示される。項目一つ一つは短いが、実に説得力がある。

自分も、これからは、すばらしい文章が書けるような錯覚にとらわれる。文章を書く作業がとても魅力的なもののように思えるのは不思議な感覚だ。

著者が結論付けたように、いい文章の第一条件は、何を伝えたいかという心の炎なのだろう。しかし、その炎を正しく伝えるためには、文章上の工夫がいる。その実践的技術が本書にはちりばめられている。それは小説を書くためだけではなく、どんな文章を書くのにも共通な、普遍的な技術といえる。語順を変えたり、余分な語句を削ぎ落としたり、ほんの少しの手直しで文章が格段にシャープでわかりやすくなった場面を評者も何回も目の当たりにしている。まるで魔法にかけられたように、文章が活き活きと輝き始めるのだ。同じ小説を読んで、同じ箇所で感動して涙を流すのは、それだけ文章の完成度が高いからなのだろう。

一度自分の書いた文章を少しだけ意識して読み直してみよう。そして手直ししてみよう。どうしたらよりよく自分の思いを伝えられるのかと考えながら。本書を通じ、これまで意識していなかった「文章の世界」への扉が開かれるかもしれない。



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