ホーム  > X-plus >  ITコラム

この記事を印刷する この記事を送る はてなブックマークに追加する
テキストリンクコードを取得する

変革を科学する~チェンジマネジメントのすすめ~

2009年03月01日作成 

株式会社インサイト・コンサルティング
ビジネスコンサルティング部長
森川大作氏

変化の時代、と言われるようになって久しく感じますが、企業活動において変化の頻度とスピードは増すばかりです。組織が新しくなった、システムが変わった、これまでのやり方を改革しよう、新しい制度を始めようなどなど、大なり小なり変革の積み重ねです。一方で、改革を進めると人々のモチベーションが低下したり、抵抗する人たちが多くて改革が頓挫したり、なんとかやりきったと思ったら前の状態に戻ったり、思うような効果が上がっていないなど、改革プロジェクトの苦労話は枚挙に暇がありません。

多くの企業では、変革を自分の“業”とするプロフェッショナルが存在するわけではありません。自分の業務の傍ら、その改善や改革のためにグループを作ってなんとか自分たちでやってみようという人々が集まって改革が推進されます。トップが改革に真剣で、参画者の意識が高く、改革の方向性も共有でき、改革メリットも見えやすい場合、スームーズに進む可能性が高いでしょう。でも三拍子も四拍子も揃っていることは稀で、多くの場合、改革の成否は結局は出たとこ勝負、変化に対して行き当たりばったりという状況になってしまいがちです。その結果が、さきほどの苦労話ではないでしょうか。

チェンジマネジメントは論理よりも心理

改革の成功確率を高めるにはどうしたらよいか?それを考えることが、チェンジマネジメントの世界です。チェンジマネジメントでは、変革を出たとこ勝負ではなく、変革は分析し科学できる、つまり再現性のある制御可能なものであるという前提に立ちます。組織が生き続けるには、変化することが必然である以上、健全な組織活動には、変化を科学する力がないと生き残れません。変化に対して、組織はどんな現象を生じるか(What)、その現象はなぜ生じるのか(Why)、そのエネルギーをどのように制御し建設的に使うか(How)を考えること、これがチェンジマネジメントです。

チェンジマネジメントは、リーダーシップ、コミュニケーション、そして幾多の戦略理論が関係しており、言わばビジネスの総合力です。米国が大企業病に悩まされていたとき、大胆な業務改革の一種のブームの火付け役となったのが、BPR(Business Process Reengineering)の父祖とも言われるマイケル・ハマーです。その著書*1)には、ビジネスをプロセスに分解し、ゼロベースであるべき姿を見直し、プロセスを大胆に再構築するという主に論理的な変革の進め方が説明されています。日本の企業でも90年代にこぞってBPRを実施しましたが、折りしもバブル崩壊直後のリストラ(本来はリストラクチャリング=再構築なのですが・・・)の時期と重なり、BPRがネガティブに捉えられてしまい、成功しませんでした。その後コンピュータの2000年問題を機に、ERP(基幹業務)パッケージの導入と共に、BPRが語られるようになりました。21世紀に入り、これまでやってきた既存のビジネスのスリム化と見直しという意味合いから、新しいビジネスの構築という視点にシフトし、BPRがよりポジティブに捉えられるようになりました。ブルーオーシャン戦略*2)などは、その典型と言えるでしょう。これらの変遷はいずれも変革の“論理的”な進め方に重きを置いています。

ところが、変革が思うように進まないほとんどの原因は、戦略の悪さや論理的な分析、進め方の問題というよりもむしろ、関わる人々の“心理的”な側面の影響なのです。システム開発プロジェクトに関する多くの著書を残しているワインバーグも、システムの仕事は論理的だと思いがちだがその多くは感情に基づいているのに、人々の気質の差異に目を向けないのはお粗末だと述べています。*3)変革に対する人々の心理的側面は、非常に曖昧で混沌としたものですので、その多くは体験談やストーリーの中で属人化しています。NHKのプロジェクトXなどはその最たる例でしょう。「技術は度胸だ」、「最後まで信じ抜く」、「挑戦者に無理という言葉はない」、「情熱を持ったプロフェッショナルになれ」など、言葉にした途端、その人が言うから重みはあるのだけれども、一時的な高揚感で終わってしまう感じが否めません。

一方で、リーダーシップ論の変遷に注目すると、心理的な側面を脇に置いてこれ以上は進めないといった感があります。ちょっと振り返ってみましょう。かなり遡って戦前の1940年頃までは、「特性理論」つまりリーダーシップは作られるものではなく生まれながらに持つ特質であるという先天論でした。ところが戦争中、数多くのリーダーを必要としたため、1940年以降は「行動論」、つまりリーダーシップは作られるものであり開発できるという後天論へと移り変わっていきました。1960年以降は、「条件適応理論」と言って、リーダーシップは単一のスタイルではなく状況と条件によって多様的に発揮されるべきであり、唯一最善の普遍的なものではないという考えが主流になりました。企業の多角化が進むにつれて多様性が求められるようになった背景があります。パス・ゴール理論はその典型的な例でしょう。*4)そして1980年以降、変革的リーダーシップ論が主流になりました。変革を実現するにはどんなリーダーシップを発揮すべきかに焦点を当てています。*5)これは先ほど述べたBPRのブームとほぼ時を重ねる背景があります。そして近年では、モチベーションやコーチングに注目してリーダーシップが論じられる傾向が強くなりました。つまり、心理的側面を扱えるリーダーが求められるということです。では、チェンジマネジメントの手法の幾つかをご紹介しましょう。

協力者はどのくらい・・・

100人いたとしましょう。そのうちどれくらいの人が協力してくれれば変革は成功するでしょうか?10人?20人?50人?もちろん多い方がいいわけですが、イノベーションの理論*6)によると、改革を打ち上げ花火のように終わらせずに、その連鎖反応を持続するためには、最低限の一定の数が必要であると説明しています。その数が確保できないと、火が消えてしまうのです。ロジャーズは、組織の人々の構成を5グループに分けて、その連鎖反応が伝播していくと説明しました。イノベーター(革新的採用者)→アーリーアダプター(初期採用者)→アーリーマジョリティ(初期多数採用者)→レイトマジョリティ(後期多数採用者)→ラガード(採用遅滞者)です。変えねばならないという強いチェンジマインドを持つ根っからの改革人=イノベーターは、一般的な組織において凡そ2%と言われています。それに協力してくれる人=初期採用者、つまり自分で情報を集めて判断し、多数採用者に影響を与えることのできる人を合わせて16%確保できると、改革の連鎖反応が始まるという実験結果があります。

数々の変革プロジェクトを見てきて、この数は本当に妥当な線だと実感します。もっとざっくり言えば、スタート時点で全体の2割の人が協力的な積極的姿勢を示していれば、成功の見込みがあるというわけです。少なすぎると思われるかもしれませんが、残りの8割のうち、大多数の6割の人は中間層で様子見をしています。そして2割の人がいわゆる反対派です。(図1参照)

 

したがって、変革を成功させる=連鎖反応を続けるためには、この6割の人を“すばやく”味方につけることがポイントです。

これは感覚的に理解されていることなので、よく見かけるのは全体説明会を開いてキックオフするなどして、この中間層6割の取り込みを行なおうことから始めます。ところが、失敗するのです。なぜというと、2割の協力者を最初に確保せずに、いきなり火を付けようとするからです。一瞬、パッと火がつきますが、それぞれが現場に戻って日常業務を始めると、すぐに火が消えてしまうのです。

したがって、チェンジマネジメントでは、まず、改革の意識調査を行い、この2割の協力者が確保できているかどうかを見極めることから始めます。確保できていれば、6割の中間層を味方につけるために、全体説明会を開くだけでなく、できるだけ早期に小さな成功体験を見せることがポイントなります。逆に、確保できていなければ、まず2割を生み出すために、2%の核となるイノベーターと共に、じっくりフェース・トゥ・フェース(F2F)で向き合って、改革の意義や実際的な方法と公算を共有し、アーリーアダプターを作り出すことから手を付けなければなりません。これを早期に実現する手法にアクションラーニングという研修スタイルが考案されています。*7)この2割の人々が、中間層を取り込み、抵抗勢力から守ってくれるように設計することから始めるとよいでしょう。ちょうど炭火を集めて真っ赤に熱してから、分散させて火を大きくするように。このような考え方は、キャラバン展開とかトロイの木馬プレーなどと言われることもあります。

コミュニケーションの作戦を考える

改革のためには、コミュニケーションが鍵だとよく言われます。会社が危機的な状況にあるとき、社長自ら全国を行脚して社員との直接の対話をしたことが、風向きを変える契機だったなどという話をよく聞かれるのではないでしょうか?確かに、今がどんな状況でなぜ改革をしなければならないか、そのために何をどうするのか、などビジョンと戦略を共有すべきであることは、すでに言い尽くされているように思います。問題はどのように共有するかです。改革成功のポイントは、参画意識を高めて一人一人が自分のこととして当事者性を発揮することです。ですから、改革者が一人一人にF2Fでコミュニケーションを絶えず図れればよいのですが、それでは時間とコストがかかりすぎ、やっている間に変革熱が冷めてしまう危険があります。

そこで、みんなを集めて会議をしようとか、練りに練った通達をメールで配信しようとか、社内報に大々的に載せようとか、いろいろな方法を考えます。ところが、改革の段階を意識せずに発信方法を思いつきでやっていると、痛い目に遭います。チェンジマネジメントでは、改革のスピードと効果性を考慮し、コミュニケーションに関しては綿密な“作戦”を練ります。たとえば、図2のように、4つのタイプに分けて、改革段階に合わせて最も効果的なコミュニケーションを選択します。先に述べた20%の人々を確保していないのに、いきなり全体説明会をやって一気に進めようと思っても、F2Fに逆戻りして丁寧にやり直さなければならなかったり、その逆に改革機運がある程度高まって、なぜやるかということからどうやってやるかに関心が移っているのに、丁寧にF2Fをやっていては失速しかねません。eメールで知らせれば、意図が伝わるとか、WEBに載せておけば読んでもらえるなどと安易に考えて、コミュニケーションコストを低減しようとするのも、改革の初期段階では大きなしっぺ返しを食らうことになります。

 

発信方法だけではなく、同じ内容を伝えるにしても、どのようなコンテンツで伝えるかということもチェンジマネジメントの“作戦”の一部です。スローガンのような強烈な一言を一発放つ、あるいは“かっこいい”美辞麗句で改革のメッセージを伝えるなどというのは、往々にしてほとんど伝わりません。そのような玉石的な言葉は、それが生み出されるまでのプロセスを共有した人々にとっては重みがあり意味を成しますが、そうでない人々にとっては他人事、自分には関係ないことと感じてしまうのです。そこに、感動や共感が必要になります。そこで、最近では、ストーリーテリングという手法が用いられます。原則、スローガン、ビジョンなどを発する際に、それをストーリー仕立て、つまり物語風にして伝えるのです。人々が自らをその場に置き実体験をしているかのように共感を誘う。その中から改革のメッセージを引き出し、自分に投影するというメカニズムを利用します。共感を誘う感動ストーリーには一種のパターンがあることが研究されており、主人公の成功体験ばかりを話すわけではなく、どのように挑戦に気付き、立ち向かい、克服し、成し遂げたかを示すことによって、単に言葉で~しよう!~すべき!と言うよりも、心に響き、記憶しやすくなり、動因を与えることになります。(図3参照)*8)

 

この作戦を成功させるためには、4つのポイントがあります。*9)第一に、今回はこれまでとは違うという意識が伝わるようにメッセージの内容と発信方法を「差異化」することです。第二に、伝えるメッセージやイメージをぶれさせず関係者の言動に一貫性を持たせる「統合化」です。第三に、確実に理解し記憶し意識してもらうために繰り返し発信し続けること「累積化」、そして第四に、改革が進むにつれて統一したメッセージでありつつも成功に向けての明るい未来が見えるよう飽きさせないための「最新化」です。(図4参照)これは、組織全体に対して働きかけるコミュニケーションの作戦、チェンジマネジメントの大切なポイントの一つです。

 

抵抗勢力にどう対処するか

改革には抵抗勢力がつき物です。先に示したように20%の割合で息を潜めて待ち構えているわけですから、その存在を全くないかのように振舞うのは危険です。抵抗勢力には、前もって根回しをしようとか、半ば脅迫的に説得しようなどという対処方法が見られますが、それではマネジメントしているとは言えないでしょう。抵抗勢力がどう出るか分からないので、そのときはそのときと考えていたら、改革に急ブレーキがかかり、そんなはずではなかったと言うこともありえます。チェンジマネジメントでは、この抵抗勢力の影響を予め織り込み済みにして、むしろどのようにそのエネルギーを改革の方に積極的に傾けるかということを考えます。

抵抗勢力と一言で言っても、様々なタイプがあり、これを改革の“チェンジモンスター“と言ったりします。*10)様々な視点があると思いますが、図5は典型的な4つのタイプを示しています。たとえば、「元に戻そう」という勢力が次第に影を潜めるように折込済みにするには、元に戻れるに戻れない仕掛けを作っておくということが奏功するでしょう。「前がよかった」という勢力に対しては、なるべく早期に小さな成功体験を先行して経験させ、より良い新世界を垣間見せたり、前のものを後にした見返りとして説得条件を設けるなどの方法があります。それでは、「どうせ変わらん」、「一息入れる」というモンスターに、あなただったらどのように前もって対処されるでしょうか・・・?

 

そもそもこれらモンスターの正体は何なのでしょうか?このメカニズムを脳科学的に考えると、大変興味深いチェンジマネジメントの秘訣を探り出す鍵になります。人間の脳には、「前頭前野」と呼ばれる領域があり、新たな変化を理性的に処理する人間らしい機能が備わっています。ところが、その容量と処理能力には限界があり、それを超えるような変化に対しては、不快感や疲労という感情と反応を引き出します。そこで処理できない部分を「大脳基底核」が受け持ち、それが繰り返されるうちに「習慣」が形作られます。変化に対する抵抗の正体は、習慣を変えることに伴う不快感というわけです。ところが興味深いことに、この不快感を他人ではなく自分で解決できたとき、前頭前野にとっては癒しの瞬間となり、プラスのエネルギーへと変質するメカニズムがあるそうです。*11)この体験を、茂木健一郎博士は“アハ体験“と呼んでいます。

このメカニズムは、チェンジマネジメントにおいて最も重要なポイントが、“変化させられる”のではなく、“変化する”という当事者意識であることを示しています。良かれと思ってすべてをお膳立てしたり、俺に付いて来い型でリードしたりするのではなく、いわば人々がそれぞれ個人として関わることのできる“余白”を残しつつマネジメントすることが、最も重要と言うことです。勇気が必要なことですが・・・。*12)

チェンジマネジメントの一部をご紹介しました。弊社では、人と組織の変革をみなさんと共に行なっていくお手伝いをしております。お問合せは、下記をご参照ください。

〒141-0022 品川区東五反田1-8-12
TEL 03-5421-7285 / FAX 03-5421-7286
株式会社インサイト・コンサルティング
Mail: info@insightcnslt.com HP: www.insightcnslt.com

参考文献

*1 リエンジニアリング革命(邦題) 1993 マイケル・E・ハマー 日本経済新聞社
*2 ブルーオーシャン戦略 2005 W・チャン・キム ランダムハウス講談社
*3 ワインバーグのシステム行動法 1991 G・M・ワインバーグ 共立出版
*4 MBAリーダーシップ 2006 グロービス・マネジメント・インスティチュート ダイヤモンド社
*5 リーダーシップ論 今何をすべきか 1999 ジョン・P・コッター ダイヤモンド社
*6 イノベーションの普及 2007 エベレット・ロジャーズ 翔泳社
*7 変革的組織マネジメントとしてのコアネットワーク 柴田昌治、宮入小夜子 一橋ビジネスレビュー 2002年夏号
*8 「物語力」で人を動かせ!―ビジネスを必ず成功に導く画期的な手法 2006 平野日出木 三笠書房
*9 チェンジマネジメント 組織と人材を変える企業変革プログラム 2007 佐藤文弘 英治出版
*10 チェンジモンスター なぜ改革は挫折してしまうのか 2001 ジーニー・ダック 東洋経済新聞社
*11 CIO Magazine 2007年6月号
*12 感じるマネジメント 2007 リクルート HCソリューショングループ 英治出版





ページトップへ戻る