【リレーコラム:XMLの今と未来】 ウェブ・サービスはネコ型ロボットの夢を見るか
2001年08月16日作成
(有)サイラス
梅原 伸行
WWW(World Wide Web)-1989年3月、ヨーロッパの粒子物理学研究所(CERN)に在籍していたティム・バーナーズリーは自分が発明したものをそのように名付け、論文の形で発表した。彼は真のビジョナリーであり、インターネットが商用化され、世界的に普及するずっと前から今日のコンピューティングの有様を適切に描写していた。
「インターネットの父」とも揶揄されるティム・バーナーズリーだが、彼は現在、ウェブの未来に向けた構想を練っている。それは、「セマンティック・ウェブ(注1)」である。
「セマンティック・ウェブ」とは、「サイバースペースに蓄積されたデータを記号ではなく、情報としてコンピュータに理解させる次世代のシステム」のことであるが、彼がNewsweek誌とのインタビューで用いた表現を引用するなら、「特殊な符号によって、どれが気温かをコンピュータに教える。さらに、そこで使われている『気温』という言葉のニュアンスまで、わかるようにする」というものである。(Newsweek日本版2000年12月13日号(注2))これはウェブに「知識」を蓄えるだけでなく、「理解」をも与えることを意味している。
「コンピュータが人間の言葉のニュアンスを理解する」というこのアイデアは人々が長年夢見てきたものである。欧米の人であるならスタンリー・キューブリック監督「2001年宇宙の旅」に登場した人工知能コンピュータ「HAL」を、日本人であるなら22世紀のネコ型ロボット「ドラえもん(注3)」を連想するかもしれない。(ちょっと独断かもしれませんが。)キューブリックが「2001年~」を撮影した1968年当時、「2001年までに人類は宇宙旅行をするようになっており、人工知能は人間レベルまでに発達しているだろう」と予想していた。しかし、これはどちらも見事に外れてしまった。「22世紀」と予想した「ドラえもん」の作者
藤子・F・不二雄氏の方には、(それがよいことかどうかは別として)まだチャンスがある。2001年現在、コンピュータはウェブの力を得て「理解」を持つ存在として「進化」しようとしているからである。
「知識を理解に昇華させる」という発想で取り組んでいるプロジェクトは、「セマンティック・ウェブ」だけではない。今、最もコンピュータ業界をにぎわせている「ウェブ・サービス」は、この考えのビジネスサイドからのアプローチということができる。
「ウェブ・サービス」に対する業界リーダの取り組みには、目を見張るものがある。IBM・Microsoft・Sun Microsystemsといったこれまで相対していた企業がこの標準規格の策定に関して、一致協力しているのである。「ウェブ・サービス」で始まる「サービス指向」の時代では、繋がらないことは命取りになるからである。
ところで、「ウェブ・サービス」とは何だろうか? 定義は様々あるが、その一つに、「特定のユーザニーズに対応した情報サービスを提供するためのメッセージにより伝えられるコンテンツとソフトウェアのプロセス(注4)」
というものがある。この定義の詳しい解説については、拙著「DigitalXPress」誌Vol5「XML Dev魂」に譲るが、ポイントは「特定のユーザニーズに対応」という点にある。つまり、「ウェブ・サービス」では、ユーザ自身およびユーザの置かれている状況を理解しつつ、インテリジェントにソリューションを提供することを目標としているのである。そして、そのベース・アーキテクチャがXMLである。
これにより、Microsoft.netのカンファレンス用ビデオで描かれていたような、例えば、「道を歩いているときにケガをして入院したとしても、Web経由で病院側に個人情報を受け渡し、病院から保険会社へ診断書を受け渡す」といったことが実現できるようになるかもしれない。また、来るべき「ウェブ・サービス」の時代では、自分のプロファイル(個人情報)はセキュリティのあるサーバ上に置かれるので、もはや自分のマシンを持ち歩かなくても、他のマシンを借りてログインし、自分の環境を復元する、といったことが可能になるかもしれない。(もっとも、そのためには、それを実現する「サービス」に加入している必要があるわけだが。)
「ウェブ・サービス」あるいは「セマンティック・ウェブ」がもたらすであろう、こうした数々のメリットは、世の中の待ち行列を減らすのに役立つであろうし、魅力的なものにさえ思える。しかし、個人的には、両手をあげて喜ぶわけにはいかない。その先に「危険」が見え隠れしているように思えてならないのである。
危惧されるものの一つは、ますます人々がネットに依存するようになるということである。「ウェブ・サービス」の時代では、自分がサイトを探し回らなくても、コンピュータは個人のプロファイルやスケジュール・嗜好・どこにいるのか・何をしようとしているのかを知っているので、「ユーザニーズ」にぴったりあった提案を次々としてくれる。これは一件便利に思えるかもしれないが、「理解」を備えたコンピュータに人間らしさのゆえんである「思考」を委ねてしまう危険性がある。「あなたの好きなこのバンドのCDの発売日が決定しました。予約しますか?」というのなら良いかもしれないが、「今日はあなたの仕事に行く日ですが、体調も悪いようですし、電車も混んでいますから、会社に有給願いを出しておきましょうか?」というのでは問題は異なってくる。コンピュータによって人間の思考がコントロールされてしまう可能性があるのである。もっとも、このようなソリューションを出せるようにするには、コンピュータを「理解」のレベルからさらに「知識」を応用する技術である「知恵」のレベルまで引き上げる必要があるだろう。
将来、米サン・マイクロシステムズ社の創立者の1人ビル・ジョイ氏が予告した状況(注5)になるかどうかは現時点では分からないが、コンピューティングの未来が「HAL」ではなく、「ドラえもん」であることを願うばかりである。
注1.「セマンティック・ウェブ」についてはScientific American誌の次の記事に詳しい。
http://www.scientificamerican.com/2001/0501issue/0501berners-lee.html
注2.この記事は「Newsweek Japan Online」(http://www.nwj.ne.jp/)においてメンバー登録をするとオンラインで読むことができます。
注3.「ドラえもん」についてはこちら。http://dora-world.com/
注4.「Web Services 2001 Japan」におけるSun Microsystems社スピーカの定義による。
注5.http://www.hotwired.co.jp/news/news/20001102207.html
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