Skypeを使ってみよう
2006年03月01日作成
株式会社インサイト・コンサルティング
ビジネスコンサルティング部長
森川 大作 氏
Skypeを使うようになったいきさつ
当社では、国内企業のビジネスコンサルティングや委託研究・研修を主として業務を行ってきた。その中で「人材育成とはどうあるべきか」を常日頃考えているうちに、労働市場のグローバル化すなわちフラット化が、今後の国内労働市場に与える影響は計り知れず、そうであれば人材育成の本質を究めるにはグローバルな視点で掘り下げ、その本質を如何にローカルに落とし込むかを課題にしようという帰結になった。国内IT企業がオフショア開発を中国やインド中心に展開している今、多くの企業では次にASEAN諸国に目を向け、オフショア先のポートフォリオを組むことに着手し始めている。そのような視点から、リサーチにはハブ機能をもっているバンコクが最適と判断し、タイに長期滞在する常駐要員を設置。日本-タイ間の通信手段、これが早急の課題となり、当初は携帯電話のローミングサービスなどを利用しての通話で始めたものの、今ではSkypeで数時間に渡る三者あるいは四者会議を実現している。Skypeの具体的な説明を、私がSkypeを初めて使うようになったいきさつを通して話そうと思う。
それは今から約2年前。台湾の友人と日本での商談を終えた日のこと。「台湾と日本の間ではSkypeでやろう」と言われた。「Skypeって何?」と心の中で思ったものの、知らないことを人に聞けないのが自分の弱み。それがすべての始まりだった。早速帰ってSkypeについて調べてみた。PC間で無料通話が可能とのこと。そのとき持った印象は、チャットを音声に置き換えたようなものというイメージだった。これで「国際電話」をしようということ?無料で?ちょっと信じられなかった。
初めて海外出張に出かけた時を思い出す。米国のJFKに到着して家族に「無事着いた」の一報を入れようと「国際電話」を初めて試みたときのことだ。国際電話は高い!という印象が強かったから、やっとつながった地球の裏側の家族に「無事着いたよ。安心してね。…それじゃ、高くつくから切るね」で会話終了。しかし、カードの請求を見てその額に愕然としたことを今でも覚えている。
Skypeについてそこまで調べたのに、その後の台湾の友人との連絡は引き続きメールのままだった。すぐに新しいものに飛び乗らないのが私の良いところ?悪いところ?しかし、そんなことを言っていられない事件が起きた。
それから半年以上経過したある日の出来事。出張先のホテルからは必ず夜に愛妻にラブコールをする「取り決め」になっている。いつもは携帯電話で話すものの、その晩は、携帯電話のバッテリーがなくなって、おまけに充電器を忘れた。これでは電話がかけられない。電話を「かけなかった」のではなく、「かけられなかった」アリバイを作ろうとの思いで、妻にPCからメールを1本。そのときに思い出したのがSkypeだった…。
Skypeを初めて使ってみた
出張から帰宅するとすぐにSkypeのサイトへ。
http://www.Skype.com/helloagain.html
個人的な趣味で、WindowsもMSのOfficeもすべて英語版を使用しているので、当然Skypeも英語版をダウンロード。でもサイトを見ると、なんと今では日本語を含めて27言語対応になっている。もちろん日本語サイトも準備されているので、日本語によるダウンロードも可能。そしてもちろん無料! Windows版だけでなく、LinuxやMacやPocket PC用もある。
http://www.Skype.com/intl/ja/
最初にユーザー設定をしなければならない。これはちょうど固定電話の番号をNTT局からもらうようなものだ。固定電話の場合、番号は若干の選択肢があっても、基本的には選べない。Skypeの場合は、番号ではなく、ID名と自分の名前や国と住所、そしてメルアドなどを登録することにより、重複がなければ受け付けられる。イメージ画像まで指定できるので、逆に自分の顔をアピールしたい人は世界に公開することもできるが登録情報はすべて公開されるので要注意。検索機能によって、今や全世界で5,000万人以上の「Skype人」を探すことが可能。考えてみると壮大だが恐ろしい気もする。個人情報保護法が2005年4月から施行され、この種の情報を「持たない」ことにした企業があるほど敏感な時代に、ユーザー各自が敢えて自分のプロフィールを公開しようというのだから、「サービス」の意味を考えさせられてしまう。ただし、一部の情報については任意入力だし、プロフィールについて身元調査をされるわけでもないので架空情報がほとんどだと思われる。しかし架空情報とはいえ、全世界の電話帳を持っているようなものである。
自分と妻のPCでSkype設定完了!パソコン内臓のマイクとスピーカーを使って自宅内で通話テスト。インターネットにつながっていればOK。どのような手段でつながっているかを問わない。Skype初期設定時点でSkypeは常時起動している状態となっている(Windowsの右下にアイコンが出る)。
「プルルー、プルルー」。普通の電話のような呼び出し音。呼び出されると、アイコンからポップアップ画面が飛び出し、誰からの電話なのかを音と共に知らせてくれる。緑の受話器を取る=アイコンをクリックすると、接続され通話できるようになる。でもわずか数メートル先の妻との通話に敢えて感動はなかった。部屋の中でSkype使わなくても話せるからか…。「つながった」という不思議な実感だけがあった。ただ、内臓のマイクとスピーカーではハウリング現象が生じてしまうため、家電店でヘッドホンセット(マイクとスピーカー)を購入。安価なものなら1,000円程度である。そしてこれからは「出張先からはSkypeで」という「取り決め」になった。数日後、遂に東京-大阪間で通話テスト。携帯電話でお互いのSkypeの立ち上げを確認し、呼び出してみる。「つながった」。今度の感動は自宅内の感動とは違う。本当に普通の電話と同じように話せる。しかも無料でいつまででも…。「これは革命だ!」という感動だった。
いよいよ社内に導入
そんなことを始めて喜んでいた頃のこと。冒頭で述べた当社の状況変化が生じた。早速関係者にSkypeのダウンロードとヘッドホンを配布。ここで改めてSkypeの説明。
SkypeはルクセンブルクのSkype Technologies社(Niklas ZennstromとJanus Friisの2人が2002年に創業)が開発・公開している、P2P技術を応用した音声通話ソフト。IP電話などと異なり、中央サーバーを介さずユーザー同士が直接接続して通話する(P2P)。最大5人までの同時通話が可能で、テキストによるチャットやファイル転送などもできる。オンライン状況をリアルタイムに確認することができるので、コンタクトリストに登録しているメンバーがSkypeを立ち上げて呼び出し可能な状況かどうかを確認することができる。もちろん、「ただいま留守中」のような状況設定も可能。Skypeユーザー同士の通信は無料だが、有料で、世界中の固定電話や携帯電話にもかけられる「SkypeOut」機能もある。10ユーロ/25ユーロのプリペイド方式で、国別にレート設定が行われている。日本では、国内への通話が1分4円弱、主要国への国際電話が1分2~3円程度となっている。もちろん携帯電話にかける場合はモバイルレートが別に設定されている。
http://www.Skype.com/products/Skypeout/rates/all_rates.html
全員一致で即日導入完了!
感動の音声品質
さっそく、バンコク-東京間の通話テスト開始。「かかってきた!」。かけてきた人がポップアップされたとき、「Bangkok, Thailand」という表示になっていることにも感動!通話開始。澄んだ音質、まるで隣の部屋からかかってきているような錯角さえ覚えるほど。一昔前の国際電話で、若干のディレイがあったのを思い出した。「こんにちは…」、なんとなく半歩ずれて「こんにちは…」。なかなか会話のタイミングがかみ合わない、このディレイは実際には長くてもわずか数百ミリ秒と言われていたが、それでもフラストレーションがたまったことを覚えている。でも…。Skypeにはディレイらしきものをほとんど感じることはなかった。「すばらしい!」と互いに言うばかり。Skypeの絶賛ばかりしていては通話目的から本末転倒。すぐに仕事の打ち合わせに入った。
どうやってこれほどの音声品質を実現しているのだろうか?通常のSIPサーバーを使用したIP電話と比較してみると良く理解できる。5,000万以上のユーザーの内、常時200万人がSkypeに接続していると言われている。仮に、この200万人がIP電話を1台のSIPサーバーを利用して実現するとすれば、当然サーバーはパンク状態になるだろう。通常のIP電話であればユーザーの増加と共にSIPサーバーの増強により対応することになるが、Skypeの増加ペースではとてもじゃないが追いつかない。
Skypeはスーパーノードと呼ばれる機能を導入することにより、サーバー設備の増強なしに、無料でユーザー拡大に対応できている。全ユーザーが対等の立場にいるのではなく、実際には1,000ほどのユーザー数ごとに仮想グループ分けされている。その中から、一定の条件を満たしたユーザーPCが、グループの代表としてスーパーノードに自動的に選ばれる。スーパーノードはグループ内の「リーダー」的な存在となる。ユーザーPCをSIPサーバーの代替として利用するので、ユーザーがどんなに増えても安定したサービスを実現できる。むしろ、従来のSIPサーバーを利用するIP電話よりも贅沢な利用ができ、音質の良さ・安定した運用が可能となっているとさえ言われている。NAT機能を持つルーターやファイヤーウォールからの通信では、スーパーノードが通話を中継する。Skypeの音声パケットは、インターネットを2回通ることになり、直接通話する場合に比べて、遅延が起こったり、回線が途切れたり、通話品質が悪化したりすることが考えられる。そこで、Skypeでは、複数台のスーパーノードが常に中継しており、通信状態や遅延・帯域を監視し、安定した通話ができるようにしている。そして中継しているスーパーノードを比較し、最も品質のよい回線が選ばれるようにしている。さらに、Skypeは、相手との通話状態に応じて、音声符号化速度を自動的に切り替えており、帯域が十分確保できないときには、24kビット/秒の符号化方式を選び、広い帯域が確保できるときには128kビット/秒の符号化方式を選んで音質を保っている。その他の音質向上のための技術として、パケットの揺らぎを吸収するバッファの最適化やエコー・キャンセラーなどの独自のノウハウを導入して、他のIP電話を超える音質を実現していると言われている。
ただし、普通の固定電話や携帯電話のようにはいかない。ブラウザによるホームページの閲覧やメール程度では、一瞬途切れたインターネットの再接続をほとんど体感することはないが、音声の場合は、インターネット接続が一瞬途切れたり、帯域が狭まったりする影響を受けてしまう。そのため、Skypeで話している最中に突然相手が「どこかに行ってしまう」ように言葉を言い残して去って行ったかと思うと、突然「どこかから戻ってくる」という体験をすることがある。実際の使用には大きな支障とはならないが、相手先国の接続状況や帯域により差が出ることは当然といえば当然。でも「無料だから」がすべてを解決してくれる…。
三者会議をやってみる
Skypeのもう一つの強みは、1対1の対話だけではなく、複数名での会議ができるということ。バンコク-東京間の通話に慣れてきた頃、今度は三者会議にチャレンジ。グローバルプロジェクトのPMをやっていた頃、米国時間に合わせて、欧州各国、アフリカ、アジア、日本、北南米の全世界を一巻きにして、夜10時ごろから深夜までよく電話会議をしていた頃を思い出す。多少のディレイを伴うし、電話会議はファシリテーターがいないと発言タイミングを取ることが困難である。普通の会議にはない一種独特の「技術」が求められる。でも、Skypeではそれをあまり感じさせない。音質が良いせいか、本人の声に加えて周囲のノイズも適度にきわめて自然に入ってくるため、「空間を共有」しているような感覚を覚える。これまでにない会議空間を実現できる。
非常に便利なのは、会議をしながら、その同じPCで、インターネットでホームページを検索したり、メールをその場で送ったり、資料を共有できたりすること。テーブルを囲む普通の会議では資料の共有のためにペーパーやプロジェクタを使用するが、SkypeはPC空間内を共有でき、もっとダイレクトな感じがする。
会議には途中から誰かを加えることや席を外すことも可能。加える場合は、そのメンバーを右クリックし「会議通話に招待」を選択すればよい。席を外す場合は、当人がそのまま通話を終了すれば、残ったメンバーの接続は継続される。
セキュリティ
「セキュリティは大丈夫?」「傍受されることはない?」との当然の心配が出てくる。Skypeの説明によると、「Skypeは、すべての通話とチャットの内容をエンドツーエンドで暗号化して、プライバシー保護を実現しています。暗号化が必要なのは、すべての通話が公共のインターネットを介してルーティングされるためです。」とある。通信内容は128ビットのAESで暗号化される。したがって、仮にSkypeの通話を傍受されても、暗号化されているためにその音声データの意味を理解することはできない。さらに、ファイヤーウォールやNATの内側にあるパソコンからも、特別な設定を行なうことなく接続できるので、VPNとの併用により、セキュリティを確実に確保できる。
コンサルティング現場で、ASEANのある国のIT企業を国内のクライアントに紹介したときのこと。オフショア開発プロジェクトのメンバー間のコミュニケーションツールとして何を使うかという話になった。最近では、Skypeを利用するプロジェクトが増えている。それでも、国内のIT企業の多くはSkypeの安定性とセキュリティには懐疑的で、業務への本格的な導入にはかなり慎重な姿勢を示している。しかし、IP電話の普及がそうであったように、今度はグローバルな空間における通話手段として、コスト削減要求からSkypeの使用に拍車をかけることになると考えている。
メールから電話へ
当社ではこうして海外拠点との無料通信国際会議を定例的に実現できるようになった。海外のビジネスパートナーとも気軽にSkypeを用いて連絡を取り合えるようになった。最近ではPHS通信を使用してモバイル環境を利用することが多い。そもそもは電話を目的としたPHS技術をインターネット通信の道具として使い、そのインフラ上で再び電話として使う。「電話からメールへ」、この技術革新はビジネス通信手段を劇的に変化させるものとなったが、再びこうしてメールから電話へ異なった形で回帰することになるとは興味深い進展だと思う。東京湾を望む超高層タワー群に囲まれたウォーターフロントで晴れた日などに、モバイル国際電話を無料で楽しみながら、そんなことをふと思う。
メールは相手の時間を拘束せずに事実を端的に伝えるには優れた道具であるが、微妙なニュアンスや経緯およびまだ言語化していない考えを伝えて共にアイデアを創造するためには、やはり会話によるコミュニケーションに勝るものはない。コンサルティングという我々の業務では、まさにこの種のコミュニケーションを必要とする。
Skype買収劇が意味すること
実はSkype Technologies社はあの米インターネットオークション最大手のeBayによって2005年9月に26億ドルで買収されてしまった。eBayのCEOは米国時間12日付けの声明の中で、「コミュニケーションは、Eコマースとコミュニティに欠かせないものである。eBayとPayPalというEコマース関連の2大ブランドに、インターネット上の音声コミュニケーション分野を代表するSkypeを組み合わせることで、世界中の買い手と売り手にとって他に比肩するもののないEコマース/コミュニケーションのエンジンが生まれることになる」と述べている。
本稿の最後に、この買収劇が意味することを考察してみようと思う。一言で言えば、インターネット・ブロードバンドによって競争が「多次元化」したということである。Eコマースの先駆けであったeBayはいち早く電子決済の仕組みをネット上に構築した。そして主力のオークション事業を多角的に強化すべく電話というドメインのSkypeを買収した。通信会社ではなくオークション事業を行う会社に売却されたという事実に注目したい。これとベクトル的には同じ動きを、インターネット検索最大手のGoogleも見せている。「Google Talk」という音声通話機能付きインスタントメッセンジャーを公開し、今後Skypeの優位が脅かされるとする懸念が浮上している。さらに、2005年6月にはポータルサイト大手のYahooがIP電話大手のDialPadを買収した。さらに翌7月にはSkypeの買収に乗り出しているとの憶測が流れていた(Zennstromはこの事実を否定)。
このような動きに見られるように「ネット」市場は、業界の競争のあり方を多次元化してしまった。すなわち、これまでは異業種とされていたドメインが互いに侵食を始め、急激に競合が多様化することになった。日本における昨今の自由化規制緩和やブロードバンド・インターネットによる「革命」によって、これまで各業種で閉じた空間だった産業が互いに侵食し始めている。最も顕著なものは、通信・放送・電話の三業種の融合と競合というトリプルプレーであろう。民間系・公共系を問わず、従来は住み分けされたドメイン内での越境戦が急激に増えている。たとえば、NTTに代表されるようなグループ内においてさえ事業ドメインの重複部分での競合が生じている。米国ではAT&Tがその地域通信会社の一つであったSBCによって買収されるという親子逆転現象さえ生じている。
逆の視点から見れば、Skypeのような音声通話というアプリケーション自体が特別なものとして位置づけられるのではなく、もはや様々なコミュニケーション手段やネットワークアプリケーションの1つとしてしか存在出来なくなり、既存のサービスとの統合により付加価値を伸ばす必要が生じているということになる。これらの事実は、多次元化した業界の競争優位性を決定するものが、アップストリームにおける「総合力」にかかってくることを示している。これは昨今のLivedoorと日本放送、楽天とTBSなどの動きにも見て取れる。(実はLivedoorはSkypeと提携し、Skype総合サービスを始めている。)この「総合力」という観点から言えば、今後、eBayに対するAmazonなどのEコマース各社の動きやポータルビジネス各社とネット証券各社の動きなどが注目に値すると思う。
Skypeを使用していて、将来の電話について考えざるを得ない。かつてはNTTによる電話事業を、キャリア各社が切り崩しにかかってきた。携帯電話の普及は、住所と同じような意味を持つ固定電話の「固定観念」を大きく変えた。そして今やIPを軸として固定が携帯と統合されようとしている。2010年3,000万世帯の固定電話を光通信にすると総務省は宣言している。IPと電話という接点は、ISP事業という新たな切り口からの参戦も可能にした。Yahooはその代表例と言えるだろう。その戦いには電話のみならずあらゆる公共系企業にも及ぶ。そしてSkypeが電話を無料化した。将来、「電話は無料」の時代が来るのかもしれない。