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これからの「正義」の話をしよう

2011年10月01日作成 

ベストセラー

本書の著者マイケル・サンデルは、アメリカのハーバード大学で約30年間政治哲学を教える教授で講義の名手として知られる。その講義は一般公開され、日本でもNHK教育テレビで「ハーバード白熱教室」として放映され話題を呼んだ。

本書は講義録の邦訳版であるが、2010年5月に初版が発行されてわずか3か月で53版を重ねた公表60万部のベストセラーである。ただし、本文だけで約350ページ、内容の難解さも相まって、読破には相当の体力と知的集中力を要する。

授業の展開の巧みさ、つまり質問によって学生たちの意見を引き出し、論点を明らかにしていく手法を再現するように、本書でも現実の事象を政治哲学上の様々な立場から検証することによって、正義をめぐる論点が明らかにされていく。

正義への3つのアプローチ

ある社会が公正かどうかを問うことは、われわれが大切にするもの―収入や財産、義務や権利、権力や機会、職務や栄誉がどう分配されるかを問うことであり、そうした正義にアプローチするには、幸福の最大化、自由の尊重、美徳の涵養という3つの観点があるとして、原理的な考え方が紹介される。

まずはベンサムの最大幸福原理―功利主義。社会全体の幸福を最大化する方法を考えることで正義を定義する。しかしそこには、人の命までを貨幣価値に換算し、費用効果分析により結果を導き出すという反道徳性を伴うことが明らかにされる。

次はリバタリアニズム(自由市場主義)。人間の自由の名によって、制約のない市場を支持し、政府規制に反対し、最小国家を目指す。この考え方の下では、所得や富の再分配は拒否され、ビル・ゲイツの巨額の富と結果としての格差は正当化される。経済学ではハイエクやミルトン・フリードマンの考え方につながる。

3つめのアプローチは、道徳的な観点から見て人々にふさわしいものを与えることを正義とみなす考え方である。社会的・経済的格差をなくす分配の正義を実現しようとする政治哲学者ジョン・ロールズの格差原理が示され、正義と善良な生活とは何か、善に基づく政治はどうあるべきか、市民権、犠牲、奉仕、政治と道徳・宗教の関係……様々な点についての著者の考え方が導かれていく。

本書の狙い

冒頭、著者は言う。「この本は思想史の本ではない。道徳と政治を巡る考察の旅をする本だ。旅の目的は、政治思想史において誰が誰に影響を与えたかを明らかにすることではない。そうではなく読者にこう勧めることである。正義に関する自分自身の見解を批判的に検討してはどうだろう。そして自分が何を考え、またなぜそう考えるのかを見極めてはどうだろうか」と。

刺激的な本である。こうした内容の教育がハーバード大学で30年にわたって続けられ、将来指導的立場に立つであろう前途有為な若者の、自らの考えを検証する眼が養われ、価値観が形成・確認されていく。一方、日本ではサンデルブームは去った。あのブームは何を残したのか。日米の差の大きさが如何ともし難いと感じるのは評者だけであろうか。

日本の政治家こそ一読を

考えてみれば政治とは、政治家が考える正義を国民の理解を得つつ、いかに実現していくかにあるといえる。福祉と国民負担の公平性、競争原理と格差の問題……横たわる問題をどういう価値基準で解決していくのか。本書は、理念なき為政者達にこそ薦められるべき本である。





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